AIの進化が目まぐるしい今、「教育現場では、AIをどう使うべきか」「子どもたちに、AIの使い方や仕組みをどう教えるべきか」など、世界中で多くの議論が巻き起こっています。
そんな中、2025年4月23日、アメリカのトランプ大統領がAI教育に関する大統領令に署名しました。
この記事では、大統領令から見えるアメリカのAI教育戦略を探っていきます。
目次
- 目次
- 背景・目的
- 大統領令の内容
- 1. AI教育タスクフォースの設置
- 2. 「大統領AIチャレンジ」の創設
- 3.小中高におけるAI教材の開発
- 4. 教師向けAI研修の推進
- 5. AI関連の職業訓練の拡大
- 考察
- 今後の影響は?
- 懸念点は?
- まとめ
背景・目的
そもそも、この大統領令はどのような背景や目的で出されたのでしょうか。
技術革新が急速に進む現代において、世界のリーダーとしての地位を維持するためには、AI技術を習得し、新たなイノベーションを生み出す人材の育成が不可欠とされています。
この大統領令は、このような背景のもと、若者が早期からAIを学び、活用できる環境を整備することで、次世代のAIを使いこなせる人材、そして新たにAIを創造できる人材を育成することを目的としています。
そのために、生徒たちが早い段階からAIに触れ、その仕組みを理解し、実際に活用する経験を積むことを推進しています。
また、AI教育を効果的に進めるためには、それを教える教育者へのサポートも欠かせません。
教員がAIについて適切に指導できるよう、必要なツールや知識を提供し、日々の実践にAIを組み込んでいけるような環境を整備します。
さらに、学生だけでなく、すべての年齢層の人々が継続的に技術スキルを磨き続けられるよう、生涯学習のリソースを充実させることにも言及しています。
このように、社会全体としてAI時代に適応し、新たな技術を取り入れながら発展していくための基盤を強化することを目指しているのです。
大統領令の内容
では、具体的にどのような政策を打ち出しているのでしょうか。
1. AI教育タスクフォースの設置
まず、中核となる組織として「AI教育タスクフォース」が設置されます。このタスクフォースは、科学技術局長をトップとし、教育省や労働省、農務省など、様々な省の長官がメンバーとなり、多分野で連携することが求められます。
2025年9月には、「AI 教育タスクフォース」初会合が開かれました。会合には Google、Microsoft、OpenAI、Meta など生成 AI 関連企業の CEO や幹部が出席し、教育分野における生成 AI の活用と規制などについて協議したようです(ITmediaNEWS, 2025)。
2. 「大統領AIチャレンジ」の創設
「大統領AIチャレンジ」は、全国の児童生徒や教育関係者によるAI活用の創造的な事例を奨励・表彰するコンテストで、年齢別、地域別、テーマ別に実施されます。年齢・地域・テーマ別に分けることで、AIを用いて分野横断的に課題解決をしていくことが目指されています。
希望者はこちらから参加登録をすることができます。
3.小中高におけるAI教材の開発
「AI教育タスクフォース」が中心となって官民連携を促進し、小中高向けのオンライン教材を開発します。この教材を通して、生徒たちは基礎的なAIリテラシーと批判的思考力を身につけることが目指されています。
4. 教師向けAI研修の推進
生徒だけではなく、教員もAIに関する知識をもち、AIを活用していく必要があります。そのために、教員のAI研修を拡充していきます。
研修を通して、校務を効率化したり、あらゆる教科にAIを組み込んだりすることを促進していきます。さらに、AIを活用した教育手法に関する研究に対し、優先的に投資する方針も示されています。
アメリカの教育省は、学校におけるAI活用に関するガイダンスを発表し、AI活用に対して優先的に助成金を支給する方針を示しています (U.S. Department of Education, 2025)。
5. AI関連の職業訓練の拡大
学校だけでなく、社会に出た後もAIを使いこなせる人材を育成するため、労働省主導で、AIに関連する職業訓練制度(アプレンティスシップ)への参加を促進しています。
また、高校生向けのAI講座や認証制度を拡充することで、早い段階からAIスキルを身につけられることを目指します。
2025年9月には、Microsoft社が求職者向けに、約100個のAI関連講座を無料で提供することを発表しました(Microsoft, 2025)。
このように、全ての子どもたちに対し、AI教育の機会を提供することで、将来的に生き延びていくために必要な基礎知識やスキルを身につけることにつながると考えられています。
考察
今後の影響は?
では、今回の大統領令は、実際社会にどのような影響を与えていくのでしょうか?
考察してみたいと思います。
まず考えられるのは、AI教育の全国的な普及です。
アメリカでは、教育は基本的に州に権限があると考えられており、州教育委員会が公立学校に関する教育方針を設定しています(文部科学省, 2015)。
2024年11月時点では、24の州が教育におけるAIに関するガイドラインを制定していると言われています。逆に言えば、まだ半分の州は教育におけるAI活用に関する方針を定めていないのです(TeachAI, 2024)。
しかし、大統領令という形で、国の方針としてAI教育の推進を提言することにより、米国全土で気運が高まることが期待されます。
その結果、教育とAIのガイドラインを作成する州が増えたり、学校現場におけるAI活用がさらに普及し、地域格差を是正したりすることにつながるのではないでしょうか。
2つ目の影響としては、今回の大統領令により、アメリカで課題となっている「教員不足」(Nguyen et al., 2022)や「教員の質の低下」が改善される可能性があると考えられます。
例えば、AIを活用することで、時間のかかる事務作業を削減し、本来の教育業務をはじめとする、人手が必要な業務に費やせる時間を増やすという効果が期待されます。
また、大統領令では、教員研修と評価の改善にも言及されており、AIを用いて、教員の専門性の向上につながるような研修・評価システムを構築していく、といった動きも見られるのではないでしょうか。
さらに、生徒の学力向上という効果も考えられます。
授業の中でAIを活用することで、生徒が自分のペースで学ぶことが可能になるのではないでしょうか。
例えば、AIとの対話を通して、生徒自身の考えを深めたり、AIが生徒の学習状況を分析し、理解を深めるための最適な教材を提供したりすることができるかもしれません。
一方、生成AIは、他者との交流が重視されるような協働学習には不向きと言われることもあります。
しかし、「大統領AIチャレンジ」の実施やAIを用いた教育方法の研究の促進などにより、画期的な活用方法が編み出されていくのではないでしょうか。
懸念点は?
とはいえ、いくつかの懸念点も考えられます。
まずは、プライバシー保護に関するリスクです。
今回の大統領令では、データセキュリティに関しては言及されていません。
学校現場でAIを活用する際、生徒や教員に関する個人情報を含めたデータをどう管理していくのか、どのように安全性を確保していくのか、という点を議論する必要があると感じます。
前バイデン政権は、セキュリティや倫理面に配慮した上で、AIを開発し活用していくという方針をとっていました(White House, 2022)。
それに比べ、トランプ政権は、AIの規制よりも積極的な利用や開発を重視していると言えるかもしれません。
さらに、批判的思考力や創造力などの能力への影響も懸念されます。
ある研究では、生徒のAI活用と批判的思考力に負の関連があることが示されています(Gerlich, 2025)。
AIに思考を「丸投げ」してしまうと、今まで自分自身で考えることによって鍛えてきた能力が育ちにくくなってしまう可能性があるといえるのではないでしょうか。
その一方で、ChatGPTが学習に与える影響について調査した研究によると、ChatGPTの活用により、学習パフォーマンス、学習意欲、思考力にプラスの効果があったことが報告されています。さらに、その効果を最大限に引き出すには、学習の目的や期間、方法に合わせて使い方を工夫する必要があることも指摘されています(Wang & Fan, 2025)。
日本における生成AIパイロット校では、美術の授業で、スケッチの発送段階で画像生成AIを活用したところ、予想外のイメージが生成され、それが生徒の発想を広げるきっかけになったというような事例が紹介されています(文部科学省, 2024)。
このように、生成AIを使うか、使わないか、ということよりも「どのように使うか」がその影響を左右するのかもしれません。
その点では、生徒の学びの状況に応じて、いかに教師が生成AIの使い方を工夫できるかが、ますます大切になってくると言えるでしょう。
まとめ
今回の大統領令を通して、目まぐるしく変化する社会で生きていくために、次世代の子どもたちに何を、どのように教育していくべきか、ということが問われているように感じます。
アメリカの動向も見据えながら、その問いを共に模索していくことが重要なのではないでしょうか。
参考資料:
- Gerlich, M. (2025). AI Tools in Society: Impacts on Cognitive Offloading and the Future of Critical Thinking. Societies, 15(1), 6. https://doi.org/10.3390/soc15010006
- ITmediaNEWS. (Sept. 5, 2025). メラニア・トランプ大統領夫人主催のAI教育タスクフォース会合に主要AI企業代表が参加. https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2509/05/news073.html
- TeachAI. (2024). https://www.teachai.org/media/us-states-with-ai-in-education-guidance
- Microsoft. (Sept. 4, 2025). New White House commitments empower teachers, students, and job seekers through AI skilling and learning.
- Nguyen, Tuan D., Chanh B. Lam, and Paul Bruno. (2022). Is there a national teacher shortage? A systematic examination of reports of teacher shortages in the United States. (EdWorkingPaper: 22-631). Retrieved from Annenberg Institute at Brown University: https://doi.org/10.26300/76eq-hj32.
- Wang, J., & Fan, W. (2025). The effect of ChatGPT on students’ learning performance, learning perception, and higher-order thinking: insights from a meta-analysis. Humanities and Social Sciences Communications, 12(1), 1-21. https://www.nature.com/articles/s41599-025-04787-y.
- White House. (2022). https://bidenwhitehouse.archives.gov/ostp/ai-bill-of-rights/
- White House. (2025). Fact Sheet: President Donald J. Trump Advances AI Education for American Youth. https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/04/fact-sheet-president-donald-j-trump-advances-ai-education-for-american-youth/
- White House. (2025). ADVANCING ARTIFICIAL INTELLIGENCE EDUCATION FOR AMERICAN YOUTH. https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/04/advancing-artificial-intelligence-education-for-american-youth/
- U.S. Department of Education (July 22, 2025). U.S. Department of Education Issues Guidance on Artificial Intelligence Use in Schools, Proposes Additional Supplemental Priority. https://www.ed.gov/about/news/press-release/us-department-of-education-issues-guidance-artificial-intelligence-use-schools-proposes-additional-supplemental-priority
- 文部科学省. (2015). アメリカ合衆国. https://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2017/10/02/1396854_001.pdf
- 文部科学省.(2024). 初等中等教育段階における生成AIに関するこれまでの取組み. https://www.mext.go.jp/content/20240725-mxt_jogai01-000037149_21.pdf#page=10